「全ては自分の責任」という考え方が、情シスの仕事を変えた話
この記事でわかること
  • 「全ては自分の責任」という考え方の本当の意味
  • 他責思考がなぜ問題解決を遠ざけるのか
  • この考え方が情シス業務でどう活きるか

キャリアの中で、自分の仕事観を根本から変えた言葉がある。

「全ては自分の責任だと思って、問題と向き合え。」

コンサルティングファームに新卒で入社し、マレーシア拠点の立ち上げを任された20代のころ、当時の会長から言われた言葉だ。この記事では、その言葉の意味と、今の情シス業務でどう活きているかを書く。

▼マレーシアで、どん底だったときに言われた言葉

当時、マレーシア拠点は売上が全く出ていなかった。顧客からのクレームも多く、「自分がここにいる意味があるのか」という状態が続いていた。

そのときに会長から言われたのが、冒頭の言葉だ。

「他責で考えても問題は解決できない。自分の責任範囲外の問題という認識になるから。今起きている問題も不都合も、すべては自分の責任(自分の行動の結果)だと思って問題と向き合え。」

最初は正直きつかった。売上が出ないのは市場が難しいから、クレームが来るのは要件が曖昧だったから——そういう「言い訳」を無意識にしていた自分に気づかされた。

でも、この考え方の本質は「自分を責め続けること」ではない。

▼「他責」と「自責」の本当の違い

他責思考の問題は、道徳的にどうかという話ではない。問題が「自分の外側にある」と認識した瞬間、自分には解決する手段がないという結論になってしまうことだ。

「あの人が動いてくれないから」「予算がないから」「仕組みがないから」——これらはすべて事実としてはあり得る。でも他責で止まると、そこで思考が止まる。

一方で「これは自分の責任の範囲だ」と捉えると、思考が動き始める。

  • ▶ あの人が動かないなら、どう伝えれば動いてもらえるか
  • ▶ 予算がないなら、予算を取るための根拠をどう作るか
  • ▶ 仕組みがないなら、自分がその仕組みを作るか、作ることを提案できるか

「全ては自分の責任」とは、自分を苦しめるための言葉ではなく、「自分が動ける余地を最大化する思考法」だと今は理解している。

▼この考え方は、当然情シスの仕事にも活きている

この考え方は、今の情シス業務でそのまま活きている。

ヘルプデスクで考えること

たとえばヘルプデスク対応。「また同じ問い合わせが来た」という状況になったとき、他責思考だと「ユーザーがマニュアルを読まないから」で止まる。

でも「これは自分の責任の範囲だ」と捉えると、思考が変わる。今の運用が本当に最適かどうかを問い直せるようになる。そもそもこの問い合わせが発生しない仕組みを作れないか。FAQを整備すれば減るか。Slackのワークフローで自動化できないか——そういう発想が自然と出てくる。

現状維持を「仕方ない」で受け入れるのではなく、「自分ならどう変えるか」を考え続けることが、情シスとしての価値を作っていく。

ツール導入で考えること

SaaSやツールの導入支援でも同じだ。「依頼された通りに設定して終わり」という動き方もできる。でもそれでは本当の意味での支援にならない。

「この導入で、現場は何を成し遂げたいのか」を聞いた上で、妥協せずに最善を一緒に考えるようになった。「ここまではITツールで解決できるが、ここは解決できない。だから運用方法を一緒に考えさせてほしい」と言えるようになった。

これも「自分の責任の範囲はどこまでか」を広く捉えているからこそできることだと思っている。

▼「情シスは受け身でいい」という発想を捨てる

情シスは構造的に受け身になりやすい業務だ。依頼が来て、対応する。それ自体は当然のことだが、それだけでは情シスとして十分に価値提供ができているとは言えない。

「今の仕組みは自分が作ったものではないから、自分の責任ではない」という考え方は、一見合理的に見えて、実は自分の成長を止める思考だ。

今目の前にある環境のすべてを「自分の責任の範囲」として捉えたとき、初めて「どう変えるか」という問いが生まれる。

マレーシアで会長に言われた言葉は、あのときの自分に刺さっただけでなく、今も毎日の仕事の中で生き続けている。

まとめ
「全ては自分の責任」とは、自己批判ではなく「自分が動ける余地を最大化する思考法」。他責で止まると解決策が見えなくなる。情シスという受け身になりやすい業務だからこそ、この考え方が能動的に動く原動力になる。

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